第2章 最初の朝
キッチンでは、バージルが既に起きていた。戸棚を開けたり閉めたりしながら、何かを探しているようだった。相変わらず、無駄な動きの一切ない仕草だ。
「おはよう、バージル」
ビアンカは、努めて明るい声を出した。彼が留まってくれるのなら、彼女もまた、その環境を整えなければならない。見捨てられたら終わりなのだ。
バージルはちらりと彼女を見ただけで、特に返事をすることはなかった。
「……何か探してるの?」
「コーヒーか紅茶はあるのか」
(コーヒーか紅茶……?)
ビアンカは少し驚いた。まさかこの男がそんなものを飲むとは思っていなかった。
「どっちがいい?」
「どちらでも構わん」
(選ばないのか……!)
ほんの少し唇を噛みしめる。考えてみれば、彼の嗜好などほとんど知らない。自分と関係を持ったことすら、過去の“戦いの延長”のように処理していた男だ。
「ミルクや砂糖は?」
「不要だ」
「ふーん……」
小さく頷き、戸棚からコーヒー豆を取り出す。紅茶よりもコーヒーの方が、この男には似合っている気がした。
ビアンカは豆を挽きながら、ふと視線を向けた。バージルはキッチンの椅子に座り、じっと窓の外を見ている。その横顔は、まるでここにいても何も感じていないかのようだった。
不安が、ふつふつと湧いてくる。
(もし、彼がやっぱりここにはいられないと言い出したら?)
ネロの寝顔を思い浮かべる。彼女一人では、あの悪魔たちから息子を守ることはできない。それを理解しているからこそ、昨夜の戦いのあと、バージルにすがるような視線を向けてしまった。
それでも、彼を繋ぎ止める確かなものが何もない。
(それなら……彼がここで生きる理由を作るしかない)