第7章 それからというもの
リビングの窓から、穏やかな陽の光が差し込んでいた。
バージルはソファに腰を下ろし、静かにその光景を見つめていた。
──母と、子の姿を。
ネロは、まだ言葉にならない不明瞭な音を発しながら、小さな手を動かしていた。
「んばー、あー!」
「ん? なぁに、ネロ?」
ビアンカは楽しそうに相槌を打ちながら、ネロの手を優しく握る。
「ふふっ、そっかぁ、今日はたくさんおしゃべりしたい気分なのね」
「ばー! だー!」
「おっと、力強いお返事! これは将来、大物になるかも?」
「きゃー!」
「はいはい、お母さんもネロのこと大好きよ」
赤子特有の言葉にならない声と、それに応じる母親の穏やかな声。
ビアンカは、母としての表情でネロに向き合い、その成長を慈しむように微笑んでいた。
──バージルは、ただ黙ってそれを見ていた。
「……」
ふと、胸の奥で、言葉にできない感情が揺れる。
──幼い自分とダンテを前にして、エヴァもこんなふうに笑っていたのだろうか。
──意味をなさない声を上げる双子の赤子に、優しく語りかけていたのだろうか。
そして、その光景を──
スパーダもまた、こうして見守っていたのだろうか。
彼も、この静かな時間を、大切にしていたのだろうか。
「……」
思考の奥底に沈んでいた記憶が、微かに浮かび上がる。
幼い頃に感じた、温かな腕の感触。
優しく微笑む母の声。
そして、どこか遠くから見守っていた父の影。
しかし、その時間は短すぎた。
その温もりは、彼が幼すぎた頃に、永遠に奪われた。
今、目の前で繰り広げられている光景は、彼が覚えていない「かもしれない過去」だったのかもしれない。
「バージル?」
ビアンカが振り返る。
「どうかした?」
「……いや、」
彼はそう言い、静かに目を伏せた。
何でもない。
ただ、少しだけ思い出しただけだ。
ほんの少しだけ。