第7章 それからというもの
最初は、ビアンカが淹れるのを黙って待つだけだった。
それが、いつの間にか自分でコーヒーミルを手に取るようになり──
今では、当然のように勝手にコーヒーを淹れるようになっていた。
「……いや、別にいいんだけどさぁ」
リビングのソファからキッチンを覗き込むビアンカは、なんとも言えない表情を浮かべた。
キッチンのカウンターに佇むバージル。
袖を軽くまくり、流れるような動作でミルを回すその姿は、妙に絵になっていた。顔も良ければ背も高く、スタイルもいい。質のいいコートの似合う男だ。そりゃあコーヒーを入れる姿すら様にもなる。
コーヒー豆が砕かれる音。
蒸らしのために湯を落とす静かな時間。
ゆっくりと注がれる琥珀色の液体──
(なんか、かっこいいんだけど)
どうしてこう、この男は何をやらせてもサマになるのか。
「アンタ、もしかして結構気に入ってる?」
試しにそう聞いてみるが、バージルは相変わらず表情を崩さず、ただ淡々とカップを手に取った。
「……」
そして一口、ゆっくりと味わい──
何も言わずに、そのまま飲み干す。
(いやいや、そこはちょっとくらいコメントしてもいいんじゃない?)
言葉がないのが、ある意味「肯定」の証だとわかってはいるが、それでも少しは認めたらどうなのか。
しかし、バージルは無言のままカップを置き、後片付けまで手早く済ませてしまう。
(……はぁ)
「そんなに気に入ったなら、素直に『これはうまい』くらい言えばいいのにねぇ」
ぼやくように呟くと、バージルはちらりとこちらを見た。
「……」
そして、何も言わずにリビングのソファへと歩き、静かに腰を下ろす。
それだけ。
けれど、それだけで十分だった。
彼はもう、完全にこれを「自分のもの」にしている。
ビアンカは、くすっと笑いながら自分のカップを手に取った。
──このまま、ずっと続いていくのだろう。
この珈琲の香りと、隣にいる彼の無言の存在が。