第7章 それからというもの
朝の静かな時間。
コーヒーミルが豆を挽く心地よい音が、キッチンに響く。
ビアンカは手馴れた動きでミルを回していたが、ふと目の前に影がかかり、顔を上げた。
──バージルがいた。
音もなくキッチンに立ち、彼女の手元をじっと見ている。
相変わらず無表情ではあるが、その目は確かに、カフェ・ジャポーネのマンデリン・フレンチを淹れる手元を追っていた。
(また来た……)
最初は偶然かと思った。
しかし、ここ数日、ビアンカがコーヒーの準備をすると、いつの間にか彼がキッチンに現れるようになっていた。これが、マンデリン・フレンチじゃない豆を選ぼうものなら、どこで気づくのかは知らないが近づいては来ない。
「……なに、アンタ」
問いかけても、バージルは答えない。
ただ腕を組んだまま、いつも通りの無言の圧を発しながら、コーヒーの香りが立つのを待っている。
(……気に入ったんだねぇ)
彼が何も言わないのは、きっと「認めた」とか「好きだ」とか、そういう感情を言葉にするのが気に入らないからだろう。
しかし、このわかりやすい行動がすべてを物語っていた。
ビアンカは肩をすくめながら、湯をゆっくりと注ぐ。
蒸らされたコーヒー粉がふわっと膨らみ、芳醇な香りが広がる。
その瞬間──
バージルの鼻が、ごくわずかに動いた。
「……」
(今、反応した)
ビアンカは思わずニヤリとしたが、あえて指摘はせず、慎重に淹れ続ける。
そして、すべての工程を終え、カップに注いで差し出すと──
バージルは何も言わずに、それを受け取った。まずは直ぐに一口。
ビアンカは期待するように彼を見上げる。
「で、お味のほどは?」
バージルは答えない。
ただ、黙ってもう一口飲む。
……そして、そのまま何も言わずに飲み続けた。
(おお……)
わかりやすく「気に入った」時の反応だった。
ビアンカは、またひとつ手帳に書き込むべき情報を得たことを確信し、満足げに微笑むのだった。