第6章 貴方は何が好き?
ビアンカはキッチンに立ち、慎重にエスプレッソを淹れていた。
まずは豆を細かく挽き、専用のポルタフィルターに詰める。その上からタンパーでしっかりと押し固め、エスプレッソマシンにセット。高温の蒸気と圧力で一気に抽出すると、濃厚な琥珀色の液体が少量ずつ、ぽたぽたとカップに落ちていく。このために買ってきたのだ、せいぜい役に立ってもらおう。
バージルの嗜好を探るうえで、最初に試すべきはこれだった。
紅茶のときと同じく、バージルは「苦みが強く、後味がすっきりとしたもの」を好む傾向がある。ならば、コーヒーにおいても深煎りの豆を使ったエスプレッソが合うのではないかと考えたのだ。
小さなデミタスカップに注がれたエスプレッソを持ち、彼の座るソファへと向かう。
「バージル、試してみて」
ソファに座る彼の前にカップを置く。バージルは読んでいた本から目を上げ、ちらりと視線をやるだけだったが、拒否はしなかった。ただ、声は面倒そうだった。
「……またか」
「まただよ」
ビアンカはさらりと言ってカップを差し出す。
一口。
無表情のまま、カップを置く。
(……さて、どうだろ)
彼の指先が一瞬だけカップの取っ手にかかる。小さな動きだが、嫌いではないという証拠。
二口目。
ビアンカはじっと彼を観察する。
カップを置いた後、バージルの眉がわずかに動いた。
「苦くて、濃い」
肯定とも否定とも取れない言葉。しかし、飲み干した。
悪くはないが、満足とも言い難い。
そして最後に、一瞥をくれてから言った。
「少ないな」
ビアンカは小さく息をつく。
(なるほど、そうくるか)
彼の好みを探る試みは、まだまだ続くようだ。