第6章 貴方は何が好き?
バージルがコーヒーを飲む様子を観察するのは、何もこれが初めてではなかった。
ビアンカはふと、手元のティーカップを傾けながら、向かいでマグを手にする男の姿を見つめた。
彼はいつものように無駄のない動作で、無言のままカップを持ち上げ、ひと口だけゆっくりと飲む。そして、何事もなかったかのようにカップを戻す。何の感想も、ため息すらもつかない。ただ、それが当然であるかのように振る舞うのだ。
しかし、彼女は知っている。
彼の無表情の奥には、確かに好悪の感情が存在していることを。
──そういえば、コーヒーはまだ検証してなかったな。
以前、バージルの紅茶の好みを探るために、アッサムやダージリン、イングリッシュブレックファースト、そしてラプサン・スーチョンまで、ありとあらゆる茶葉を試してきた。最終的に彼の好みに合致したのは、スモーキーな香りを持つラプサン・スーチョン。深みがありつつ、後味はすっきりしている。それこそが彼の嗜好に合う要素だった。
では、コーヒーならどうだろう?
そもそも、バージルが今飲んでいるのは、誰がどう淹れたものなのか。彼が自分で選んだのか、それとも家にあるものをただ飲んでいるだけなのか。紅茶ほど強いこだわりがあるのか、それとも単なる習慣なのか。
「……ねえ、バージル」
バージルは視線だけをこちらに向ける。
「なんだ」
「そのコーヒー、どう?」
「……問題はない」
即答ではないが、あまり考える素振りもなかった。きっと彼の中で、「問題ない」という評価は、ほぼ無関心に近いものなのだろう。
「ふうん」
ビアンカは興味深げに彼の手元を見つめる。
コーヒーには紅茶以上に多様な淹れ方がある。豆の種類、焙煎度、挽き方、抽出方法。それらが組み合わさることで、味の輪郭が大きく変化する。
紅茶のときと同じように、まずは淹れ方を変えてみるところから始めるべきだろう。
「……」
しかし、バージルはすでに話題に興味を失ったのか、静かに視線を落としてカップに口をつけた。
ビアンカは内心、クスリと笑う。
(ま、そのうち気づくでしょうね)
紅茶のときと同じように、彼の好みがどこにあるのか、徹底的に探り出してみせる。
研究者・ビアンカの新たな研究が、今まさに始まろうとしていた。