第6章 貴方は何が好き?
多くの場合、嗜好品というものはある程度好みがわかれるものである。自分の好きなものが、相手も好きとは限らない。
そしてビアンカは、嗜好品そのものは好きなもののこだわりはない。違いもよくわからないし、渋味や酸味のよさも知らない。
だが、その男――バージルという男は、言葉にはしないものの見た目にたがわず非常に強いこだわりがあるようだ。コーヒーに一口、口をつけたかと思えばおいてどこかに行ってしまう彼の姿を見送り、そう思うのだ。
どうやら今日のコーヒーはお気に召さなかったらしいな、と。
バージルをこの家に引き留めておくためには、そういう嗜好も攻略する必要があるんだと思った。ビアンカだって、自分の好まないものばかりを出される宿に留まりたいとは思わない。
ならば、早急に見つける必要があるだろう。バージルの好む至高の嗜好品を。
――とはいえ、馬鹿正直に聞いたところで答えないのがこの男だ。「悪くない」「好まない」「好きではない」常人より範囲の狭い好き嫌いの表現と相反して彼自身の中では大きく乖離している反応の差を眉の動き一つで表現して終わってしまう。その小さな動き一つを見逃さず観察しなければならないのだ。
「骨が折れるねぇ」
そんなことを言いつつ、ビアンカはさっそく行動を開始することにきめた。
まずは手数を増やすことにする。彼がミルクも砂糖も好まないことは知っているからストレートティーに向いた茶葉をピックアップすればいいだろう。となるとアッサムやダージリン、他には……。
「あ、そうだ」
最近貰い物で手に入れた茶葉を戸棚から持ってくる。貰ったはいいがエキゾチックな香りが強烈で、ビアンカ本人が敬遠してしまった経緯を持っていた。真っ黒の立方体然とした箱のふたを開けると、あの時そのままの独特の香りが立ち上る。
でも、好みがわかれるものというのは、好む人には深く刺さるというものだ、試す価値は充分にあるだろう。贈られた時も、「絶対ストレートで飲んでくれ」という話だったし。
早速今日から日替わりで試そう、とビアンカはさっそくお湯を沸かし始めるのだった。