第5章 ふとした日常
悪魔の血の臭いがこびりついた衣服を払いながら、バージルは扉を開けた。
薄明かりの灯る室内。空気はどこか温もりを帯びている。
奥の方から微かに聞こえるのは、赤子の寝息と、誰かの静かな寝返りの気配。
リビングの机には簡単な食事が用意されていた。冷めてはいるが、整えられた皿の配置には、用意した者の几帳面さがうかがえる。
(……ビアンカか)
出ていく前にはなかったはずだ。
バージルはそれをしばし眺め、ゆっくりと椅子を引いた。
日常の些細な光景。
戦いに身を投じる自分には縁遠い、そんな空間のはずなのに──
気づけば、当たり前のように帰ってきている。
まるで、ここが自分の帰る場所であるかのように。
──いや、違う。
否定するように眉を寄せた。
ここはあくまで仮住まい。束の間の滞在に過ぎない。
そう、これは一時的なものだ。
なのに。
「……」
バージルは無意識に、手袋を外した指先でテーブルの表面をなぞった。
誰かが使い込んだ形跡のある、小さな傷。
そのすべてが、生活の痕跡だった。
自分とは無縁であるはずの、穏やかで、くだらない、取るに足らない日常。
だが──
(……くだらん)
そう思いながらも、バージルは椅子に腰を下ろし、出された食事に手を伸ばした。