第5章 ふとした日常
時折、バージルは何も告げずに家を出ていく。
ビアンカは、そのたびに肝を冷やした。
(……ついに見捨てられたか?)
心臓を強く掴まれたような感覚に陥る。
どれだけ慎重に距離を測り、彼の機嫌を損ねぬようにと気を配っていても、バージルが去ると決めたのなら、彼女に引き止める術などない。
ビアンカは窓辺に立ち、息を詰めながら遠ざかる背中を見送る。
細かい荷物を持っている様子もない。ただ、閻魔刀を腰に携え、いつものように静かに街の奥へと消えていく。
見送るしかない自分が、ひどく無力に思えた。
けれど、数時間後──
何事もなかったかのように、バージルは戻ってくる。
「……?」
何度もそうだった。
まるで用事が済んだら帰宅するのが当然であるかのように、彼はまたこの家へと戻ってくるのだ。
恐る恐る尋ねると、彼は淡々とした口調で告げた。
「悪魔の気配があった。片付けたまでだ」
たったそれだけ。
(……律儀な男)
ビアンカは肩の力を抜き、そっと笑った。
一切の迷いもない、当然のような口ぶり。それがどれほどこの家を「居場所」として受け入れている証拠なのか、バージル本人はきっと気づいていない。
彼の視線は相変わらず冷たい。けれど、その靴裏には確かに、この家へと続く足跡が刻まれている。
(次に出ていくときも、また帰ってくるよね)
その確信が、少しずつビアンカの中で芽生え始めていた。