第1章 再会
悪魔の死骸が床に転がる。
散らばる黒い血と、なおも燻る瘴気の残滓。
バージルは閻魔刀を払うと、じっとそれを見下ろした。
──何の意味もない。
悪魔どもを狩ったところで、それが何になる。
ここで俺が剣を振るおうと、フォルトゥナの悪魔の群れが消え去るわけではない。
ただ、こいつらが狙ったのは──
視線を巡らせると、床に膝をついたままのビアンカと、彼女にしがみつく小さな子供が目に入る。
「……ネロ」
ビアンカが、幼子を抱きしめたままその名を呼ぶ。
それを聞きながら、バージルは閻魔刀を鞘に納めた。
彼がここに来た理由は、スパーダの血を引く子供の確認だった。
興味があるわけではない。
ただ、存在を知り、確かめたかっただけだ。
──ならば、目的は果たされたはずだ。
それなのに、まだここにいる理由は何だ?
「……」
バージルは踵を返した。
ビアンカが、顔を上げる。
「待って」
低く、掠れた声。
バージルは振り向かない。
「アンタ、まさか……今ので終わりだと思ってるの?」
ビアンカの言葉に、バージルは足を止めた。
「……何が言いたい」
「悪魔はまた来るよ」
その声は、怒りとも、焦燥ともつかない。
ただ、確信めいていた。
「ネロはスパーダの血を引いてる。だから、また狙われる」
「…………」
「アタシひとりで守れるかわからない」
それは、ただの事実だった。
「……俺に、ここに留まれと言うのか?」
ビアンカは言葉を選ぶように、少しだけ間を置く。
「留まれとは言わない」
その言葉に、バージルはほんのわずかに目を細める。
「……ならば、何だ」
「……選んでほしい」
静かな声だった。
「ネロを守るべきかどうか、アンタが選んでほしい」
選ぶ。
その言葉は、バージルにとって妙に耳に引っかかった。
「アンタは強い。でも、強いからこそ、そういう選択をすることができるでしょ?」
ビアンカは、幼子を抱えながら、まっすぐにバージルを見上げた。
「もしアンタが、ネロを守る価値はないって思うなら、それでいいよ」
「……」
「でも、もしそうじゃないなら……アンタにはここにいてほしい」
「……」