第5章 ふとした日常
「……どういうことだ」
バージルは低く問いながら、水浸しになった床を睨みつけた。キッチンのシンクから水が吹き出している。蛇口の根元が完全に破損し、床はすでに大惨事だった。ビアンカはというと、申し訳なさそうに指を突き合わせながら縮こまっていた。
「ちょっと水漏れしてたから、直そうと思って……」
「結果がこれか」
「うっ……いや、なんとかしようとは思ったんだけど……」
「どう“なんとか”したら、蛇口が爆発する」
「いや、アタシだってわかんないよ!!」
彼女が逆ギレ気味に声を上げるが、バージルは冷めた目で彼女を一瞥するだけだった。
「……このままでは不便だな」
そう呟くと、彼は黙ってコートを脱ぎ、袖をまくり始めた。
「えっ、なに?」
「直す」
「アンタそういうのできんの?」
「貴様がやらかした以上、やるしかないだろう」
バージルは憤りを隠しきれない様子でため息をつき、幻影剣を召喚──するのかと思いきや、工具箱を手に取る。
「あれ?魔力で直したりしないの?」
「そんなくだらないことに魔力を使うか」
「いや、そこは使おうよ、便利じゃん!」
「……」
バージルは完全に無視して、工具を手に取り作業を開始する。水を止めるために元栓を確認し、破損した部分を点検した。
「これは……ナットの締めすぎか」
「そ、そんなことないよ! ちょっと力込めただけで──」
「貴様の“ちょっと”が、どう考えても致命傷になっているのだが」
ビアンカはますます縮こまる。バージルは青筋を浮かべながらも、破損部分の応急処置を進めていく。水を完全に止め、蛇口の部品を交換し、工具を駆使して適切な締め具合に調整する。
手際がいい。無駄がない。どう見ても慣れている。
「……アンタ、そういうの得意なの?」
「調べればわかることだ」
「えっ、勉強したの?」
「“貴様のせいで”な」
「ぐっ……」
ようやく水漏れが止まり、新しい蛇口がしっかりと固定された。バージルは水道の元栓を開き、水が正常に流れるのを確認すると、再び工具をしまった。ビアンカは、しばらくそれを眺めていたが──
「……ありがとね」
「……」
「今度から気をつけるよ」
「本当にそう思っているなら、余計なことをするな」
「……はぁい」
バージルは静かにため息をつき、袖を戻しながらその場を後にした。
