第18章 第2章 喪われる
魔界の闇へ沈む最中、ビアンカは朦朧とする意識の中で、ただひたすらに考えていた。
——喚ばなきゃ。
バージルを。
彼と契約を交わしたあの日から、彼を魔力の媒体に召喚する術は彼女の血肉となっている。これほどの緊急事態において、その力を行使しない理由などない。
だが—— その力を使わせまいとする何かが、彼女を縛りつけていた。
無数の悪魔の手が、絡みつくように伸び、ビアンカの口を塞ぐ。声を発することすらできない。腕を押さえつけられ、術式を組むことすら許されない。
もがけばもがくほど、その拘束は強まる。
「……っ!」
薄暗い魔界の瘴気の中、彼女は懸命に抵抗する。 ヴィオラを、離すわけにはいかない。
小さな娘の身体を腕に抱え込み、どんなに多くの手が自分を引き裂こうとも、ただ必死にその小さな命を守るように力を込めた。
ヴィオラは何が起こっているのか分からず、震える小さな手で母の衣を掴んでいる。
「ママ……こわい……」
愛しい娘の怯えた声に、ビアンカの心臓が締め付けられる。
恐怖に震えながらも、彼女はヴィオラの頬にそっと額を寄せた。
「大丈夫……絶対に、守る……」
だが、その言葉がどこまで真実か、彼女自身も分からない。
今まさに、魔界の底の底へと引きずり込まれようとしている。
これは、魔女の宿命だ。
母から娘へと受け継がれ、いずれは自分の魂も魔界に堕ちる運命だった。
その未来が、いま突然に目の前に現れた。
準備も覚悟もないままに。
「……ッ!!」
不意に、心が折れそうになる。
このまま落ちていくのか? どこまでも?
何もかもが、闇の中に飲み込まれていく。
光はない。希望もない。
——違う!!
ここで折れるわけにはいかない!!
ビアンカは目を見開く。
——何があっても、絶対にヴィオラを守る。
その決意を胸に、彼女はなおも抗い続けた。