第16章 平和な日常を
窓際の椅子に腰掛け、ビアンカはそっとヴィオラを胸に抱いていた。
陽光がやわらかに降り注ぎ、母子を優しく包み込んでいる。
ヴィオラは、ビアンカの腕の中で心地よさそうに丸まっていた。
小さな手を時折ぎゅっと握りしめ、まるで夢の中で何かを掴もうとしているようだった。
ビアンカはそんな娘の頬を、指先で優しく撫でる。
その仕草には、限りない慈しみが込められていた。
離れた場所でその光景を眺めながら、バージルは静かに紅茶を口に運ぶ。
穏やかな時間。ゆるやかに流れる、温かな空気。
陽光に照らされたビアンカとヴィオラの姿は、まるでこの世のものとは思えないほど美しく、神々しくすら見えた。
バージルは、紅茶の湯気越しにその光景を目に焼き付ける。
彼は決して言葉にはしないが、それでも心のどこかで、確かに思う。
──この光景が、いつまでも続けばいい。
ひとつ、息を吐き、カップを置く。
そして音もなく立ち上がり、彼は窓際へと歩み寄った。
ビアンカが顔を上げると、バージルがすぐ傍に立っていた。
静かな気配のまま、彼は窓辺に腰を下ろし、ヴィオラとビアンカの様子を見下ろしている。
「……どうしたのさ」
「……」
彼の視線はヴィオラから離れない。
ビアンカはそんなバージルを見上げ、くすりと微笑む。
「ねぇ、抱いてみる?」
バージルの眉がわずかに動く。
だが否定することなく、彼はすっと腕を差し出した。
ビアンカは慎重にヴィオラを彼の腕へと預ける。
バージルは、まるで宝物を扱うように丁寧に娘を抱き、ほんの少しの間、その小さな顔を見つめていた。
「……すぐに大きくなる」
低く呟く声に、ビアンカはそっと頷く。
「そうだね。ネロだって、気づいたらもう大人になってた」
「…………」
「だから、今のうちに……こうして、たくさん抱いてあげてね」
そう言うと、ビアンカはそっとバージルの肩に頭を預けた。
バージルは何も言わない。
ただ、腕の中で穏やかに眠るヴィオラを見つめ続ける。
窓から入り込む陽光が、三人を包み込んでいた。