第16章 平和な日常を
バージルは微かに息を吐き、ベビーベッドを見下ろしたまま静かに応える。
「貴様はもう十五年以上生きている」
「だからなんだよ! 俺だって親父にそんくらい愛情表現されてもいいだろ!」
ネロはぷりぷりと文句を垂れながらも、ベビーベッドを覗き込む。
ヴィオラはすやすやと寝息を立て、小さな手を丸めている。
「……クソ、可愛いな」
不満をぶつけていたネロも、最後には肩を落として呟く。
バージルは相変わらず無言のまま、ただ娘を見つめ続けていた。
「そんな調子でヴィオラがお嫁に行くとき、どうする気なのさ?」
ビアンカが軽い口調で言った瞬間。バージルの動きが止まった。
ネロもまた「は?」と固まり、二人そろってビアンカを見る。
「……嫁?」
「……行く?」
低く、重なった父子の声。
「そりゃあいつかはねぇ?」とビアンカは笑って肩をすくめる。
バージルの目が細くなる。
ネロの表情が険しくなる。
「そんなことは、許さん」
「認めねぇ」
即答だった。
ビアンカは目を丸くしたあと、あまりの即答ぶりに吹き出してしまう。
「ええ~? アンタたち、今からそんなこと言ってたら、ヴィオラが成人する頃にはどうなっちゃうの?」
バージルは黙ったままヴィオラの寝顔を見つめる。
ネロは口を開いては閉じ、開いては閉じ──そして叫ぶ。
「絶対俺が見極める! どこの馬の骨とも知れねぇ奴にやるくらいなら俺が一生面倒見る!!」
「……貴様が?」バージルが冷ややかに言う。
「貴様が何をしようと、俺の許可なしにヴィオラが出ていくことはない」
「ちょっと! 物扱いしないでよ!」
とビアンカが笑いながらツッコむが、バージルもネロも本気の顔だった。
「まあまあ、まだ赤ちゃんなんだからそんな先のこと──」
「もう一度言え、ビアンカ」
「……え?」
「ヴィオラが、何だと?」
ビアンカは「お嫁に行くって話?」と繰り返す。
バージルは静かに幻影剣を召喚した。
ネロもまた、愛用のレッドクイーンを握りしめた。
ビアンカは「怖い怖い怖い!!」と慌てながら、思った。
──この調子だと、ヴィオラに初めての彼氏ができる日が楽しみなような、恐ろしいような……。