第16章 平和な日常を
「ねぇねぇ、ビアンカちゃん。俺とこの町を出て、新しい人生を始めてみない?」
ダンテが腕を組み、ウィンクしながらふざけた調子で言う。
ビアンカはヴィオラを抱きながらクスクスと笑った。
「ふふっ、どうしよっかなぁ? 優しくしてくれる?」
「もちろん! レディファースト、毎朝コーヒーを淹れて、夜は愛の言葉を囁いてやるぜ」
と、軽薄な言葉を並べた次の瞬間──
空間が一瞬歪み、ダンテのすぐ横の床に、深く鋭い斬撃の跡が刻まれた。
「……おっと」
ダンテが一歩後ろに下がると、今度はその足元すれすれを横切るように、もう一撃の次元斬が走った。
ビアンカはヴィオラをあやしながら、まるで何事もなかったかのように微笑んでいる。
「へぇ、逃げ足が速いじゃないか、ダンテ?」
「いやいや、これはさすがにシャレにならねぇって」
ダンテは部屋の隅へ視線を向ける。
そこには、壁にもたれかかり、無表情のまま幻影剣を操るバージルの姿があった。
「貴様の戯れ言は聞き飽きた」
「……いや、冗談だって! ちょっと義姉さんに遊んでもらっただけだろ?!」
「俺の妻に、軽口を叩くのも大概にしておけ」
さらに三発の次元斬がダンテの周囲をかすめる。
ダンテはヒラリと回避しながら、苦笑混じりに手を上げた。
「はいはい、俺が悪かったよ! だからもう斬るなって!」
バージルは剣を納めると、まるで何事もなかったかのように視線をそらす。
「……次は手加減しない」
「そもそも手加減なんかしたことないだろ!」
ダンテが抗議するが、当のビアンカはヴィオラの頬を指でつつきながら、すっかり母の顔をしている。
「……はぁ、やっぱこの夫婦には敵わねぇな」
ダンテは肩をすくめ、そっと距離を取るのだった。