第15章 魔女と半魔の契約
穏やかな寝息が、夜の静寂に溶けていく。
かつて、バージルが無防備に眠るなど考えられなかった。常に気を張り、周囲の気配を探り、僅かな異変にも即座に反応する。
そんな生き方をしてきた彼が、今ではすっかり気を抜いて熟睡するようになった。
──幸せ、なんだろうな。
ビアンカは彼の背中を見つめながら、そっと手を伸ばす。
指先が彼の肩をなぞる。
かつては、ちょっとやそっと触れただけで起き上がったものだが、今の彼は違う。
触れても、押しても、そう簡単には目を覚まさない。
それが、愛しくてたまらなかった。
同時に、この日々が終わってしまうことに恐怖している。
――1人は、嫌だ。
ヴィオラが魔女になりさえしなければ、この家族で唯一、ビアンカだけが死後地獄に堕ちることになっている。
リゴレットが消滅した今、その契約がまだ有効なのかは分からない。
けれど、魔女として生まれた以上、死後に待つ運命が変わるとは思えなかった。
──助けてほしい。
けれど、地獄に落ちた魔女で、助かった前例はない。
それが、運命。宿命。
どう足掻いても変えられない、決められた未来。
「だから、ごめんね」
「一緒に落ちてね、バージル」
あなたは、きっと一緒に来てくれるでしょう?
そう信じてる。
だから、愛してる。
そう心の中で囁きながら、ビアンカはそっと彼の背中に顔を寄せた。
その温もりを確かめるように、目を閉じる。
バージルは熟睡したまま、何も気づかない。
それでいい。
今はただ、この穏やかな夜を抱きしめたかった。