第15章 魔女と半魔の契約
ビアンカの言葉の意味を、バージルは理解していた。
彼女はただ、契約の義務として魂を差し出すと言っているのではない。
その奥には、もっと深い願いが込められていた。
その決意は、あまりにも穏やかで、あまりにも静かだった。
バージルは、繋いだ手にわずかに力を込める。
「……貴様というやつは」
ビアンカはくすりと笑い、もう片方の手で彼の頬に触れた。
「そんなに悪い話じゃないと思わない?」
バージルは答えなかった。
だが、彼の瞳に浮かぶ微かな感情の揺らぎを、ビアンカは見逃さなかった。
それが肯定なのか、否定なのかは、まだわからない。
けれど、確かに彼の中に刻まれた何かがある。
「考えておく」
先ほどと同じ言葉をもう一度繰り返しながら、バージルはただ静かに彼女の手を握り返した。
力を求めるあまり、人としての自分を否定し続けてきた過去。
バージルにとって、人間であることは弱さでしかなく、捨て去るべきものだった。
けれど──
ビアンカやネロ、ヴィオラと過ごした日々は、彼を無理やり人間に引き戻すためにあったようなものだった。
彼は知らず知らずのうちに、その温もりに馴染んでしまっていたのかもしれない。
だからこそ、ビアンカの言葉は、彼の心の奥深くまで響いた。
「魔女の契約に従って、死後の魂はアンタにあげる」
「だからさ、その時はアタシと一緒に地獄に落ちてね」
なんと甘美な誘いだろうか。
彼女は、彼を人間に引き戻そうとはしなかった。
むしろ、悪魔たらんとする彼の選択を肯定し、その道を共に歩もうとしている。
バージルは繋いだ手に、もう一度わずかに力を込める。
「……考えておく」
だが、それはただの言葉の綾だった。
考えるまでもなく、答えは決まっている。
かつて、自らの意志で孤独を選び取った彼が、今度は自らの意志で誰かと共に歩むのだ。
人としてではなく、悪魔として。
──この女は、最後まで自分を縛るのかもしれない。
それでもいい。
むしろ、それがいい。
ビアンカはバージルの頬にそっと唇を寄せ、微笑んだ。
「ずっと、アタシのこと縛らせてあげるよ」
バージルは何も言わず、その誘いをただ静かに受け入れた。