第13章 娘
柔らかい。
温かい。
──こんなにも、儚いものなのか。
その瞬間、赤ん坊がかすかに息を吸い込み、ゆるりと小さな手を伸ばした。
指が、バージルの胸元に触れる。
その指先の感触に、バージルはほんのわずかに目を見開いた。
新しい命が、自分に触れている。
ビアンカは、そんな彼の様子を満足そうに見つめながら、疲れ切った体で囁いた。
「……この子の、名前……どうする?」
バージルは答えなかった。
ただ、静かに。
もう一度、その小さな命を見つめた。
ぎこちない仕草のまま、バージルは赤子を抱いたままベッドのすぐわきの椅子に腰を下ろした。
片腕には、まだ生まれたばかりの小さな命。
腕の中の赤子が、わずかにまぶたを開いた。
鮮やかな──紫。
それはビアンカの瞳の色とも違う、バージル自身のものとも違う、不思議な紫だった。
まるで、何かを映し取るように。
この世界の理を理解しようとするかのように。
小さな瞳が、じっとバージルを見上げていた。
「……ヴィオレッタ」
不思議と、そう零れ落ちた。
ビアンカは、目を細めた。
「愛称はヴィオラかな、いい名前だね」と、小さく微笑む。
バージルは、赤子の名をもう一度、ゆっくりと繰り返した。
「ヴィオラ」
その名を聞いたかのように、は小さく息を吸い込み、ふにゃりと口を動かした。
指が、かすかに空を掴もうとするように揺れる。
バージルは、そっとその小さなに指先で触れた。
ヴィオラの指が、バージルの指を握った。
それはまるで、何かを確かめるような、弱々しくも確かな力だった。
「……」
言葉にはしなかったが、バージルの眉間に刻まれていた皺が、ほんのわずかに緩んだ。
自分でも驚くほど自然に、ヴィオラを腕の中に抱え直した。
まるで、ずっと前からそうしていたかのように。
赤子の温もりが、彼の中にしっかりと刻まれていく。
バージルは、しばらくその場から動かなかった。
ヴィオラの指の感触を確かめながら、この名が、この子にとって初めての"繋がり"になるのだと、静かに思うのだった。