第13章 娘
ビアンカ徨わせていた。
対するバージルは、変わらず静かに立ち続け、家の方を見つめている。
──居心地が悪い。
いつもなら、この男と二人きりになってもそこまで気まずくは感じないのに、今はどうにも言葉が見つからない。
こういう時、ダンテがいれば空気をぶち壊してくれるんだろうけど……などと考えながら、ネロはちらりと横目でバージルを見た。
相変わらず表情は読めない。
だけど、今の彼の耳には確実にビアンカの声が届いている。
「……母さん、大丈夫かな」
口をついて出た言葉は、自分でも驚くほど小さかった。
それでも、バージルは聞き逃さなかったらしい。
「……あの女は強い」
低く、静かな声だった。
ネロは唇をかみしめながら、地面を見つめる。
「大丈夫」だとか「信じろ」とか、そういう言葉はなくても、バージルなりの励ましなのだと分かったからだ。
「……にしても、信じらんねぇよ」
「何がだ」
「いや、親父がまた父親になるってのがさ。あのバージルが、父親業を二度やる日が来るなんて思わなかった」
冗談めかして言ったつもりだった。
でも、バージルは眉一つ動かさずにただ静かに言う。
「……俺もだ」
ネロは思わずバージルの横顔を見た。
すると、わずかに、ほんのわずかにだが、彼の表情が曖昧なものになっているのが分かった。
(……こいつも、案外戸惑ってんのか)
少しばかり肩の力が抜ける。
家の中では母親が命がけで新しい命を産もうとしているというのに、こっちは父親と息子でぎこちない会話を続けている。
なんだか変な感じだった。
「……妹、か」
ふとネロが呟くと、バージルが視線を向ける。
「まだ実感ねぇけど、オレ、兄貴になるんだよな」
「そういうことになるな」
「なんか、変な気分だな……」
ぽつりと零した言葉は、きっとバージルにも当てはまるのだろう。
だが、彼は何も言わなかった。
沈黙が落ちる。