第13章 娘
家のすぐそば、街灯の下で三人は待っていた。
バージルは腕を組み、壁にもたれかかって静かに目を閉じている。
一方でネロは、明らかに落ち着かない様子でその場をうろうろと歩き回っていた。
「うおお……なんか、落ち着かねぇ……」
何度目かの呟きに、キリエが思わずくすりと笑う。
「どっちがお父さんかわからないわね」
「は!?」
ネロは驚いたようにキリエを振り返る。
「お、俺はただ……母さんが大変そうだから……っつーか、そもそも親父が静かすぎるんだよ!」
バージルはその言葉にも特に反応を見せず、ただ静かに目を開けると、「騒いだからといって、何か変わるわけではない」と淡々と告げた。
「そりゃそうだけどさ……!」
ネロはぶつぶつ言いながら、それでもじっとしていられないらしく、また歩き回り始める。
キリエはそんな彼を微笑ましく見つめながら、バージルにそっと目を向けた。
「でも、お義父さんも本当はそわそわしてるんじゃないですか?」
「……根拠は?」
「ふふ、勘です」
バージルは少しだけ眉を寄せたが、それ以上は何も言わなかった。
ただ、目の端でちらりと家の方を見やる。
あの中で、ビアンカが新たな命を迎えようとしている。
それは、彼にとっても決して無関係な出来事ではなかった。
バージルはじっとその場に立っていたが、キリエにはわかっていた。
彼もまた、ただ静かにしているだけで、決して冷静でいられるわけではないのだと。
時折、微かに体勢を変え、足元の重心をわずかに移動させる。
何気なく見えるが、その動きが今のバージルの動揺を表していた。
──きっと、聞こえているのね。
キリエは、そっと家の方へ視線を向けた。
外には聞こえないはずのビアンカの苦しむ声。
けれど、バージルほどの聴覚を持つ者なら、それが届いているに違いなかった。
彼は何も言わないし、決して表には出さない。
それでも、家の方を見つめるその視線が、彼の内心を雄弁に語っていた。
キリエは心の中でそっと呟いた。
──あなたも、本当は強い人ではないのかもしれない。
それでも、最後には彼が隣にいる。
ビアンカも、それをきっと信じている。
そう思いながら、キリエは不安げにしているネロの手をそっと握った。