第13章 娘
「……」
ビアンカの声は優しく、しかし確信に満ちていた。
それを聞いたバージルは、僅かに眉を寄せる。
ネロの時には感じなかった不思議な感覚が、彼の胸の内を満たしていく。
しかし、それが何なのか、まだ言葉にはできない。
「……生まれたら、どんな子になるんだろうね」
ビアンカが、ぽつりと呟く。
「アンタに似て、無口で無愛想かな? それとも、アタシみたいに口が悪い?」
バージルは何も言わなかった。
ただ、手を離さずにいた。
ビアンカの腹の中で確かに息づく、まだ見ぬ存在。
その存在の重みを、彼は静かに感じ取っていた。
最初の胎動に触れたあの日から、バージルはことあるごとにビアンカの腹に手を当てるようになった。
まるでそれが当たり前の行為であるかのように、前触れもなく、何の言葉もなく。
たとえば、彼女が椅子に腰かけて紅茶を飲んでいる時。
たとえば、編み物に勤しんでいる時。
たとえば、彼が部屋へ戻ってきた時。
何の前触れもなく近づき、ただ静かに手を添える。
最初の頃は、ビアンカも毎度驚いていた。
「わっ……!」
いきなり触れられて、肩を跳ねさせることもあった。
しかし、バージルは何の説明もせず、ただ無言で胎動を感じ取る。
驚いた顔をしても、戸惑いを見せても、彼は動じない。
何も言わず、何も聞かず、ただ確かめるように。
やがてビアンカもそれに慣れていった。
「……ねぇバージル、」
「……」
「今回は父親の自覚が生まれるのが早くて助かるよ」
そう言って豪快に笑う彼女に、バージルは眉をひそめるでもなく、ただ当たり前のように手を添えたまま静かにしている。
「……」
やがて、ふるふるとお腹の中で赤ん坊が動くのが伝わる。
ビアンカはそれを感じて、嬉しそうに目を細める。
「ほら、動いてる」
「ああ」
彼は短く応じるだけだったが、指先がわずかに腹の上を滑った。
まるで、その感触を確かめるように。
──きっと、言葉にしないだけで。
彼はもう、しっかりと「父親」なのだ。
ビアンカはそう思いながら、腹の上の彼の手を、自分の手でそっと包み込んだ。