第13章 娘
静かな夜だった。
ロウソクの灯りが揺れる中、ビアンカは椅子に腰かけ、丁寧に毛糸を編んでいた。
淡いクリーム色の糸が指の間を滑り、ゆっくりと小さなセーターの形になっていく。
編み物をする彼女の横顔を、バージルは黙って見ていた。
針が動く音、毛糸が擦れる微かな音。
静寂の中、それだけが響いていた。
──しかし、彼の視線は彼女の手元ではなく、膨らんだ腹の方へと向けられていた。
ビアンカの体は、確実に変化していた。
腹は日に日に大きくなり、以前とは違う重みを持っている。
当然といえば当然なのだが──バージルにとって、それはあまりにも奇妙な光景だった。
「……バージル?」
不意に、ビアンカが顔を上げる。
バージルは一瞬、僅かに目を細めたが、そのまま黙って彼女を見返した。
「触れてみる?」
編み針を置き、彼女は穏やかに微笑んだ。
「最近、よく動くんだ」
バージルは動かない。
──これは、自分の子なのだろうか。
ネロの時も、彼は妊娠中の彼女を知らない。
だからこそ、こうして目の前で胎動を感じる機会があることが、どうにも理解し難いものに思えた。
「……」
彼の視線が腹部に落ちる。
ビアンカは、そんな彼の躊躇いを読み取ったのか、そっと彼の手を取ると、そのまま自分の腹へと導いた。
「ほら、ここ……」
柔らかな膨らみに触れた瞬間、バージルの指先に微かな衝撃が伝わる。
──動いた。
驚くほど小さな、しかし確かにそこに存在する、命の動き。
彼の目が、僅かに見開かれる。
「……っ」
ほんの一瞬、言葉が出なかった。
ビアンカはその表情を見て、ふふっと小さく笑う。
「ね、動いてるでしょ?」
「……ああ」
それは、信じがたいほどに繊細な鼓動だった。
バージルは無意識のうちに、そっと指を滑らせる。
鼓動を確かめるように、慎重に、触れるか触れないかという程度に。
そうしている間にも、小さな命は元気に動き続けていた。
「……これは」
「アンタの子だよ」