第13章 娘
夜の静寂の中、ビアンカはまた泣いていた。
深い眠りにつくことができず、布団の中で小さく震えている。
声を殺すように、嗚咽を喉の奥に押し込めながら。
バージルは隣で目を覚ましていた。
初めてではなかった。
ビアンカが夜中に泣くのを、彼は何度も見てきた。
「……」
バージルは起き上がると、彼女の肩にそっと手を置く。
ビアンカはびくりと体を震わせ、涙を拭う間もなく彼を見上げた。
「ネロの時も、こうして悩んでいたのか?」
彼の問いに、ビアンカは首を横に振る。
「違う……あの時は、アタシが気づくより先に、長が教えてくれた……」
涙声のまま、ビアンカは過去を思い出すように言葉を紡いだ。
「男児だから、産むのは諦めろって……」
バージルの眉がわずかに動く。
「……ならば」
「長は、ずいぶん前に亡くなってる。今頃、魔界の瘴気に溶けてるよ……」
その言葉を口にすると、ビアンカは再び嗚咽を漏らした。
彼女は分かっている。
もう誰も「産むな」とは言わない。
けれど、それが逆に怖かった。
誰にも止められないからこそ、もし何かあった時にすべての責任を背負わなければならない。
彼女の娘が、魔女としての宿命を背負うかもしれないという恐怖は、夜になると決まって彼女の胸を締めつけた。
バージルはしばらく黙っていた。
ビアンカの肩を支えながら、その涙をただ見つめていた。
──彼女がこれほどまでに、夜を恐れていたとは。
バージルは今さらながら、ネロを産んだ時の彼女がどれほど孤独だったのかを理解し始めていた。
彼女はその時、誰にも頼らず、たった一人で不安を飲み込んでいたのだ。
そして今もまた──
「……ビアンカ」
彼は静かに呼びかけた。
彼女が何かを言おうとしたが、声にならなかった。
バージルは、迷うことなく彼女をそっと抱きしめる。
「今は、俺がいる」
ビアンカは一瞬、呼吸を止める。
それでも、彼の腕の中に包まれていると、不思議と恐怖が薄れていく気がした。
彼の体温が心地よく感じる。
「……うん」
ビアンカは、静かに目を閉じた。
涙は止まらなくても、彼の存在がある限り、今夜もまた眠れるかもしれない。