第13章 娘
その静寂の中でバージルは確かに感じ取っていた。
微かに揺らぐ魔の気配──魔界に通じる、極小の穴。
その歪みから、小指の爪ほどのサイズの小さな悪魔が這い出し、もぞもぞとビアンカの周囲をうろついている。
何かを確かめるように、彼女の腹へと近づいていくその様子に、バージルの眉がわずかに寄る。
彼が指先を軽く払うだけで、それらの小悪魔は即座に霧散した。
魔の気配も、瞬く間に消え去る。
「なんだ、今のは」
バージルは無機質な声で問いかける。
ビアンカはぐったりと横になっていたが、何とか体を起こそうとした。
「……悪魔共が見に来てるのさ……アタシが身ごもった子が、契約に答えられるだけの素質があるかどうか」
かすれた声でそう言う彼女の表情は、ほんのわずかに震えていた。
「……」
バージルは無言のまま、ビアンカの横に腰を下ろす。
彼女の手は、そっと自身の腹へと添えられていた。
「……奴らはアタシの子を、魔女と認識してるんだ」
ビアンカは、涙をこらえるような顔をしていた。
ホルモンの乱れのせいか、情緒が少し不安定になっているようだ。
「……何を恐れている」
低く、静かな声だった。
ビアンカはゆるく首を振る。
「怖くないわけ、ないよ……。この子がアタシみたいに、生まれただけで悪魔との契約を強いられるかもしれないって思うと……怖くて、たまらない……」
彼女の瞳が揺れる。
「ネロの時は、そんな心配しなくてよかった……。でも今回は……この子は、女の子かもしれない……」
それはつまり、魔女としての宿命を受け継ぐ可能性がある、ということ。
「……」
バージルは静かに息を吐くと、ビアンカの肩を支えるようにそっと手を回した。
「くだらん」
バージルらしい、鋭い物言いだった。
「貴様は、何をそんなに怯えている。俺がいる限り、貴様の子を悪魔の玩具にはさせん」
その声には確信があった。
彼にとって、それは言葉にするまでもないほど当たり前のことだった。
ビアンカは彼の顔を見つめる。
そして、ゆっくりと深呼吸をした。
「……そうだね」
バージルの腕の中で、彼女は少しだけ安堵したように微笑んだ。
──彼がいれば、大丈夫。
今はそう信じることにする。