第13章 娘
フォルトゥナの朝は、いつもと変わらず穏やかに始まる──はずだった。
「う、うぅ……」
ベッドの上で蹲るようにして呻くビアンカ。
彼女の体を襲うのは、これまで経験したことのないほどの酷い悪阻だった。
「大丈夫か?」
バージルが淡々と声をかける。
彼にしては珍しく、気遣うような声音ではあるが、表情はいつもと変わらず無機質なままだった。
「うぅ……ネロの時と比べ物にならない……こんなにキツかったっけ……?」
息も絶え絶えに呟くビアンカ。
20年前に一度経験しているとはいえ、今回は明らかに様子が違う。
「何か食べられるものは?」
「……水なら……」
すぐにバージルはキッチンへ向かい、手際よく冷たい水を用意する。
彼はこうした家事にはほとんど関わったことがなかったはずだが、元々器用なこともあり、一度教われば難なくこなせる。
「飲め」
差し出された水を、ビアンカは震える手で受け取り、ゆっくりと口をつける。
喉を潤したことで、わずかに楽になったのか、彼女は弱々しく微笑んだ。
「ありがとう……助かるよ……」
バージルは無言のまま、次に彼女の額に手を当てる。
微熱を感じるものの、妊娠によるものか、体調不良によるものか判断がつかない。
「食事は……無理そうか」
「うん……匂いだけでダメ……」
ビアンカが顔をしかめると、バージルは少し考えた後、何かを決意したように立ち上がる。
そして、彼は静かにエプロンを手に取った。
「……?」
その様子をぼんやりと眺めていたビアンカだったが、彼がそのままキッチンへ向かい、何やら料理の準備を始めたことで、驚きのあまり目を丸くする。
「ちょっ、ちょっと!? バージル!? まさか料理しようとしてるの!?」
「ああ」
あっさりと返事をするバージル。
「えぇぇ……」
驚愕するビアンカをよそに、バージルは淡々と包丁を使い始める。
その手際は見事なもので、まるで昔から料理をしていたかのような流れる動きだった。
(うそでしょ……たった一回教えただけなのに……)
呆然と見つめるビアンカ。