第12章 守られること
昼下がりのリビング。
バージルはソファに腰掛け、膝の上の書物を静かにめくっていた。
その姿を、ビアンカはカウンター越しにじっと見ている。
朝、彼の髪が無造作に下ろされていた時のことを思い出す。
あれは、なかなか新鮮だった。
もしかすると、今のように整えられた髪よりも似合うかもしれない。
――うん、一回試してみよう。
静かに近づく。
バージルは読書に集中している。
今なら、不意をつける。
そして、後ろから思い切り、彼の銀髪をぐしゃぐしゃに撫で回した。
「……ッ!」
パタンッ、と本が閉じられる音がした。
次の瞬間、バージルは低く唸るような声を上げ、ゆっくりと顔を上げる。
「……貴様、何をしている」
「何って、アンタの髪型を新しいスタイルにしてあげようかと!」
ビアンカは屈託のない笑みを浮かべながら、さらに手を突っ込んでぐしゃぐしゃにする。
朝見た、無造作に下ろされた彼の髪を再現するために。
「やめろ」
「え~? いいじゃん、似合うのに」
「やめろと言っている」
バージルの眉間に深い皺が寄る。
彼は手を伸ばし、今にもビアンカの手を捕らえようとするが、その前にビアンカは素早く距離を取った。
「……っ、なんてことをする」
バージルは不機嫌そうに、手ぐしで髪を整えようとする。
しかし、一度乱された髪はそう簡単には戻らない。
「……フフ」
「何がおかしい」
「いや、アンタの髪ってこんなに柔らかかったんだな~って」
ビアンカは満足げに腕を組みながら、バージルの乱れた髪を眺める。
「ほら、案外いい感じじゃない?」
「……元に戻せ」
「えー、せっかくセットし直してあげたのに」
バージルは深いため息をつきながら立ち上がると、無言で寝室へと向かっていった。
恐らく、鏡を見て髪を直すつもりなのだろう。
その背中を見送りながら、ビアンカは肩をすくめた。
「そんなに嫌がらなくてもいいのにねぇ」
しっかりと髪を整えて戻ってきたバージルの表情は、案の定、ひどく不機嫌だった。