第12章 守られること
フォルトゥナの夜は静かだった。
街の喧騒はとうに遠のき、かすかに波の音が聞こえる。窓を開ければ、潮風が部屋に入り込み、心地よい冷たさが肌を撫でた。
ビアンカはベッドの上で寝転びながら、ぼんやりと天井を見つめていた。傍らではバージルが本を読んでいる。
「アンタさ、寝る前まで本読んでるけど、疲れないの?」
「知識は武器だ。怠れば鈍る」
「いや、そうだけど……それにしたって、もうちょっと力抜いてもいいんじゃないの?」
バージルはページをめくる手を止め、ビアンカの方に視線を向けた。
ビアンカはくるりと寝返りを打ち、バージルの横顔を見つめた。彼の銀髪が枕元のランプに照らされ、静かな輝きを放っている。
そもそも天井の明かりを消した状態でなぜ本が読めていたのか疑問ではあるけれども、彼はようやく読書を諦めたようだった。
「……ねぇ、たまには本よりアタシの相手してよ」
「今しているだろう」
「そりゃ言葉の意味はそうだけど……」
言いながら、ビアンカは起き上がるとバージルの本の上に手を伸ばし、そっと閉じた。
「……」
バージルは少しだけ目を細めるが、特に文句は言わなかった。代わりに、手にしていた本をそのまま枕元へと置く。
「……何が望みだ」
「うーん……」
ビアンカは考えたふりをしながら、バージルの胸元に寄りかかる。彼の体温を感じる距離に来ると、静かに目を閉じた。
「こうしてるだけで、十分」
「そうか」
バージルは短く答え、腕を回して彼女を引き寄せる。
心臓の鼓動が耳元で響く。
「……アンタ、最近ちょっと甘くなったよね」
「お前が、そうさせたんだろう」
「ふふ、そうかもね」
ビアンカは彼の胸元に頬を寄せたまま、ゆっくりと深呼吸する。窓際の赤いラナンキュラスの香りと、バージルの微かな匂いが混ざり合って、妙に安心感を覚える。
「……なんか、こういう時間も悪くないな」
「そう思うなら、大人しく寝ろ」
「はーい」
素直に答えながらも、ビアンカはしばらくそのままでいた。
夜風が、静かにカーテンを揺らしている。