第3章 命は続く
夜の静寂が、家の中を包んでいた。
バージルはベビーベッドの前に立ち、静かにその中を見下ろしていた。
ネロは小さな手を伸ばし、頭上に吊るされた玩具を掴もうとしている。
ふくふくとした頬、キラキラとした瞳。
ネロは何もかもが新鮮で楽しいのか、無邪気に笑っていた。
──小さく、あまりにも無垢な存在。
バージルは、ごく自然な仕草で手を伸ばした。
指先で、その頬に触れようとして──
──躊躇する。
彼の手は、数えきれないほどの悪魔を斬ってきた。
血と硝煙にまみれ、冷徹に力を求めてきた。
そんな己の手が、この小さな存在に触れていいのだろうか。
「……」
バージルはわずかに手を引き、静かに拳を握った。
その様子をよそに、ネロはくるくると指を動かしながら、玩具に手を伸ばしている。
まるで、何も恐れるものなどないと言うように。
──いや、それは違う。
彼にはまだ、恐れという概念すらないのだ。
この世界がどれほど残酷かも知らず、ただ目の前にあるものを信じている。
バージルは、そっと息を吐く。
「……」
少しずつでいい。
少しずつ、家族になっていけばいい。
彼は手を引いたまま、ネロを見つめ続けた。
今はまだ、ただこうして、このままでいい。