第3章 命は続く
ビアンカは、いつぞや聞いた閻魔刀の音に背筋を凍らせた。ああそうだ、思い出した。彼に殺されかけたあの夜だ。うなされていた彼の部屋に勝手に入って、起こしてやろうとした瞬間に、警戒から飛び起きた彼に押し倒されて閻魔刀を突き付けられた。あの時の、かすかに聞こえた音と同じだった。
それはほんの一瞬、棚の本を取ろうと立ち上がっただけだった。
カチリ、と微かに鞘が鳴る音。
続いて、空気が張り詰める。
視線を向けると、バージルは閻魔刀の鞘を少しだけ浮かせていた。刀に詳しくはないが、すぐにでも引き抜けるようにという動作なのはわかる。
鋭い眼光。空間そのものを裂くかのような、刃の存在感。
そうして彼は、警戒心露に低くうなる。
「……何をしている?」
ビアンカは、敵意がないのを示すために慎重に両手を上げてみせた。
「いや、ちょっと本を取ろうと思っただけなんだけど……」
それを聞いてバージルの瞳が鋭く細まる。
しばし沈黙。
そして、彼は静かに刃を収めた。
「紛らわしい動きをするな」
「アンタの警戒心が過剰すぎるんだって……!」
ビアンカは心臓を押さえながら、苦笑するしかなかった。
何かの気配を感じれば即座に抜刀し、音がすれば目を向け、扉の開閉すら気を張る。
バージルは、まだこの場所を"安息の地"と見なしてはいなかった。
その鋭さを失ってしまえば、自身の生存に関わる──長年の戦いの中で染みついた習性。
だから、彼は眠る時ですら刀を手放さず、常に周囲を警戒していた。
「……何か言いたげだな」
「別に?」
「なら、いい」
バージルは元の位置に戻り、何事もなかったかのように書を開く。
その様子を横目に、ビアンカは静かに息をついた。そうして改めて棚に手を伸ばした。
今度は、慎重にゆっくりと。