第12章 守られること
だからこそ――
「ねぇ、バージル」
静かな夜の中、ビアンカはぽつりと問いかける。
「これから、どうしようか」
彼は、すぐには答えなかった。
ただ、わずかに目を細める。
「アンタはまた旅に出たりするのかい?」
バージルは、遠くを見据えながら、短く答える。
「それも、悪くはないだろうな」
確かに、この地に留まり続ける理由は、もうない。
ネロは自立し、自らの道を歩み始めた。
ビアンカもまた、かつてのようにこの街で一人で生きていけるだけの力を持っている。
だが彼はまだ、自分の手で命を繋いだこの女の手を、離してもいいとは思えなかった。
ビアンカは、彼のその横顔を見つめながら、静かに微笑んだ。
「……そっか」
静かな夜の中、バージルはそっとビアンカの髪の束を掬い上げた。
そして、迷いなく、その束に口づける。
かつてならば、考えられなかった仕草。
バージルが誰かに触れることも、ましてや、こんな風に自ら愛情を示すことなど、20年前の彼にはあり得なかった。
それでも、彼は変わった。
もちろん、世間一般の愛情表現と比べれば、まだまだ薄いものかもしれない。
けれど、彼なりの精一杯の「愛情」だった。
(本当に、素直になったね)
ビアンカは、愛おしげに彼を見つめる。
そうして、ほんの少しだけ、甘えてしまう。
「……もう今更、一人にはなれないよ」
どこか拗ねたような声音に、バージルは僅かに目を伏せた。
彼女の言葉が、まるで遠い記憶をなぞるように響いた。
かつて、彼は孤独を選び続けた。
力を求め、何もかもを捨てようとした。
愛も、情も、必要ないと切り捨てた。
だが彼の隣に、この女がいた。
ビアンカがいて、ネロがいた。
それは、彼が求めずとも与えられたもの。
そして、それを失うことを、今では恐れている自分がいる。
バージルは、軽く息を吐き、絡めた彼女の髪をそっと指先で解いた。
そして、「そうか」とだけ、短く答える。
ビアンカは、苦笑しながら彼の肩にもたれかかった。
それだけで、もう十分だった。
彼がそばにいる。
それが、何よりも大切なことだから。