第12章 守られること
キッチンに漂う香ばしい香り。
夕飯の準備に追われるビアンカは、まな板の上で包丁を動かしていた。
ふっと気を抜いた、その瞬間だった。
指先が滑り、ジャガイモがまな板から転がり落ちる。
「あっ!」
拾おうと手を伸ばしたが、間に合わない──
……はずだった。
気づけば、目の前にバージルがいた。
彼の手には、落ちるはずだったジャガイモが収まっている。
完璧なタイミング。
反応速度が、人間のそれではない。
「…………」
ビアンカは目を瞬かせる。
バージルは、何事もなかったようにジャガイモを差し出した。
「……」
ビアンカは半ば呆然と受け取る。
「え、えっと……ありがとう」
礼を聞く前に彼は踵を返し、足音もなく部屋を出て行った。
残されたビアンカは、ジャガイモを握りしめたまましばし沈黙した後、くすりと笑った。
──この人、本当に何者なんだろう。