第12章 守られること
昼下がりのフォルトゥナ。
市場での買い物を終えたビアンカは、スリングで赤子のネロを抱えながら帰路についていた。
道端の花屋にふと足を止めた瞬間。
「お姉さん、ひとり?」
軽薄な声が耳に届いた。
ビアンカはぎょっとして顔を上げる。
目の前には、いかにも素行の悪そうな男が立っていた。
「俺とお茶でもどう?」
「……は?」
思わず、片眉を吊り上げる。
何を言っているのか。
スリングの中で、ネロが小さな寝息を立てているのは、見ればわかるだろうに。
苛立ちと呆れがこみ上げ、「赤子がいるのが見えないの?」と怒鳴ろうとした、そのとき。
ふいに、肌が粟立つような感覚が走った。
……殺気。
ビアンカの背後から、ぞくりとするほど冷たい空気が流れ込む。
男は一瞬にして青ざめた。
「……っ!」
唇を震わせ、言葉も出ないまま、その場から逃げるように立ち去る。
ビアンカが振り返ると、そこにはバージルが立っていた。
彼は何も言わない。
ただ、氷のような眼差しで、今しがた男がいた空間を睨みつけているだけだった。
ビアンカは苦笑しながら肩をすくめた。
「……アンタが来る前に追い払うべきだったね、ごめん」
「ああ、無駄な労力だ」
「そりゃどうも」
バージルは何も答えず、踵を返して歩き出した。
その背中を見ながら、ビアンカはため息をつく。
──でも、ちょっとだけ、嬉しかった。