第3章 閑話休題
バージルは人間の営みというものに興味がなかった、何もかもを凌駕する力さえあれば他に欲するものもなかったからだ。故に彼は肉欲というものに振り回されたことはないし、それを発散するために女性と、なんてビアンカとの一件のみしか起こりえなかった。
つまりネロの存在というのはたった一回の若気の至りが見事に形を成したということになってしまう。それを本人に告げるのは流石のバージルも気が引けた。
「教えてくれよ、親父。アンタはその女を愛してたのか?」
「……」
彼からしてみれば一番気になるポイントだろう。自分が望まれて生まれてきたのかどうか、それは問うことを諦めていたであろう疑問。両親共にいないはずだった彼が幼い頃に諦め飲みこんだ言葉はあまりに無垢で、そしてとても真摯だった。
父性というものはバージルに馴染みがないが、しかし真剣に向き合おうという意思を生じさせるに十分だった。自分の遺伝子をその体の半分に受け継いでいるはずの息子は、実に自分に似ていない。かといってあの女に似ているかと問われればそれも確信はない。だが時折感じるその気配はきっと、彼が顔も知らぬ母親から受け継いでいるのかもしれないとなんとなく思った。それがまた、息子にとっては理不尽だが小生意気に感じられてしまうわけで。
「貴様がキリエとやらを愛しているほどには、なかっただろうな」
「はあ?」
「俺とあの女の間にまともな恋愛感情があったとは思えん。他者を愛おしいと思うような感情は、あの時の俺の中にはひとかけらも存在していなかったからな」
それはつまり、母の方の感情は認識していないということじゃないか。と。そう思ったネロはしかしその言葉を言うことなく口をつぐみ父の記憶の話に再び耳を傾けるのだった。