第11章 蛇足2
「……嘘だ」
ビアンカは、ただその言葉を押し返すように呟く。
「嘘だろ……?」
「お前の知る通り、彼は魔を追い求めていた。そして、最後には魔に呑まれた」
「……そんなわけがない」
そう言いながらも、ビアンカの手は震えていた。バージルがどれほど強い男か、誰よりも知っている。そんな彼が、死ぬはずがない。そう信じたかった。だが、老婆の言葉には曖昧なものは何一つなかった。
「……ッ!」
ビアンカは耐えきれず、グラスを握りしめたまま、カウンターに額を押しつける。
「なんで、そんなことを……」
声が震える。涙が、止まらない。心のどこかで、彼が戻らないことは分かっていた。でも、死んだなんて。もう二度と、会えないなんて。
「……バカじゃないの」
声にならない嗚咽を押し殺しながら、ビアンカは震える指で腹に手を添えた。しかし、老婆は無慈悲に、さらに言葉を重ねる。
「その子は諦めなさい。」
「……は?」
「その子は魔女になれぬ、男児だ」
魔女の一族に宿りながら、魔女としての宿命を継ぐことができない。それはつまり──この子は、魔女の一族から見れば「不要」な存在だということ。
「お前のような半端者が産んだ子に、未来などない」
冷酷な声に、ビアンカはゆっくりと目を伏せる。……アタシの中に、本当に子供がいるのなら。それはバージルとの唯一の繋がりだ。彼がこの世から消えてしまったとしても、彼の血はまだ生きている。それを、諦めろと?
「……男の子だって?」
ビアンカはぽつりと呟く。
「素晴らしいことじゃないか」
「何?」
「この子は……アタシのように魔女の宿命を背負わずに済むんだ」
ビアンカはゆっくりと腹を撫でる。まだ何の兆しもない。でも確かに、そこに彼の欠片がいる。
「だったら、絶対に産む」
ビアンカは目を上げ、老婆を睨みつける。
「アタシは諦めたりしない」
震える声の中に、確固たる決意があった。
「この子は、アタシが守る」
この子だけは、誰にも奪わせない。たとえ世界が拒もうとも、バージルの血を引く子供を、この世に生かす。
──それが、ビアンカの最後の選択だった。