第8章 そして彼女に追いつく
──彼女が消えることは、分かっていた。
そして、それを止める術はない。
それでも、彼は最後に一つだけ、疑問を口にした。
「貴様が言っていた、本当に名付けたかった名前とは、何だった?」
ビアンカは一瞬だけ目を丸くし──
やがて、楽しげに笑った。
「……それは、あたしの秘密さ」
眩い光が溢れ、彼女の姿が淡く消えていく。
ネロは無意識のうちに、彼女の手を掴もうとした。
だが、その指先は虚空をすり抜ける。
「……!」
最後に、ビアンカは優しく微笑み、口の動きだけで何かを告げた。
──「生まれてきてくれて、ありがとう」
光の粒が宙へと舞い、やがて完全に消えていった。
静寂が訪れる。
ネロはしばらくその場に立ち尽くしたまま、こぶしを握りしめていた。
光の粒子が宙に溶け、全てが消え去った後の古書店スパーダは、静寂に包まれていた。
ビアンカの痕跡はどこにもない。
ただ、そこに立つバージルの青いコートの裾が、風もないのにわずかに揺れたように見えた。