第8章 そして彼女に追いつく
その言葉が、バージルの脳内に重く響いた。
アンブラの魔女──その名を聞いた瞬間、彼の体は反射的に後方へと飛び退いた。
同時に、ビアンカが指を鳴らした。
「JOCULATOR INFERNI――頼んだよ、リゴレット!」
店の奥から飛び出してきたのは、一体の異形の存在だった。
黒い霧のような影に包まれた、巨大な鎧の騎士。
その鎧の表面には、赤黒い魔法陣が脈打つように浮かび上がり、内部にはおぞましい悪魔の気配が渦巻いている。
バージルは歯噛みしながら、目の前の光景を睨みつけた。
「魔女だと……!」
それはかつて、地上に存在した一族。悪魔と契約し、力を振るう女達。
だが、彼女らは滅びたはずだった。魔女狩りと迫害により、100年以上前に。
その最後の末裔が、よりにもよって自分の『息子の母親』だったというのか?
「……ふざけるな」
閻魔刀の柄を握る手に、バージルは無意識のうちに力を込めていた。
「どこまで嘘を重ねるつもりだ、ビアンカ」
彼の殺気を真正面から受けながらも、ビアンカは微笑んで見せた。
「アンタもたいがい嘘つきじゃないか、バージル。アタシに本音の一つも話さなかったアンタがさ」
「貴様と一緒にするな……!」
バージルが一歩踏み込もうとした瞬間、
リゴレットが動いた。
床を踏み砕きながら突進してくる巨大な騎士。
その速度に、一瞬の隙を突かれかけるが──
「チッ……!」
バージルは即座に身を翻し、横へと跳ぶ。
刹那、リゴレットの黒い腕が彼のいた場所を叩き潰した。
「親父!」
ネロが飛び込んでくる。
彼はレッドクイーンを構え、すぐさまバージルの隣に立った。
「……なんかヤバそうな奴が出てきたな」
ネロの言葉に、バージルは静かに答えた。
「……ああ。確かに『ヤバい』な」
目の前に立つ黒い騎士と、その背後で微笑むビアンカ。
この不可解な空間の中心にいるのは、間違いなく彼女だった。