第8章 そして彼女に追いつく
古書店スパーダの扉は開け放たれたままだった。スケアクロウ達もビアンカの痕跡を見つけたのかそこには残っていない。バージルはそんな扉から20年ぶりにその場所へと踏み込むことになる。相変わらず埃だらけで手入れもされてなさそうなそこには大量の本棚があって──
「やあ、バージル。今回は何を買いに来たんだい?」
悪魔の気配と同じ場所から声をかけられて彼は反射的に閻魔刀を引き抜いた。
「あらあら物騒だね、アタシに閻魔刀を向けるのは何度目だったかな」
今しがた目を逸らしたはずのビアンカがそこにいた。カウンターに座って、ウィスキーの原液が注がれたグラスを片手に持って、しかも彼女は明確にバージルを認識した上で語りかけてきた。それはつまり、彼女が過去の幻影などではないことの証ともなる。
「二度以上これを突きつけたのは貴様とダンテとネロだけだ」
当然だ、ほかは一度目の時点で確実に殺していたのだから。そもそも彼が閻魔刀を脅しに使うことが滅多にない、毎回必ず殺すつもりだった。それは実の息子ですら例外ではない、閻魔刀が彼を認めた理由にすら思い至らず殺しかけた。
「オレが見えるのか」
「今まで見てたのは過去へ流れたアタシの幻影さ。そしてここに居るのは未来に託したアタシの残滓」
口元を笑みに歪ませ、彼女は言う。
「言うまでもないけどアタシはあの日に死んだ。アンタが今見てきたあの場面の直後にね」
「ネロはオレの息子なんだな?」
彼の中では確定事項ではあったため、それは疑問というよりは確認の色が強かった。しかし彼女はまたしてもからかうように言うのだ。
「それに幾ら払えるの?」
「巫山戯るな、今更札束抱えて棺桶に収まるつもりか」
ここまできてまだ金の話をするのか、貴様はもう死んでいてその金の使い道など何もないのに。