第5章 母の痕跡
利き手ではない方の手を軽く鞘とかけながら彼はうなった。そうして彼が一歩踏み出た瞬間、その扉は向こう側から蹴り開けられた。飛び出して来たのは妙齢の女世、髪を振り含し、白い何かを大切そうに胸に抱え、明らかにただ事ではない様子で彼女はどこかへと駆け出していく。
「今のは!?」
「ビアンカだ、追うぞ」
視線で追う先で彼女は唐突にバランスを前した。グラッとよろけて近くの壁に一瞬体を頼けてしまうと同時にボタボタと彼女の足元に血溜まりができる。負傷しているのかと気づく傍らその背中に巨大な切り傷があるのが見えた。
古書店から続いて飛び出して来たのは数体のスケアクロウ。不快な金属音と笑い声を上げているそれらにネロは反射的にデビルブリンガーを振り上げる。しかしそれは悪魔達の体をすりぬけてしまっただけだった。攻撃が通らなかったのではなく、虚像に触れようとしたかのようだった。
「どうやらこれは、過去の情景を再現しただけのようだな」
バージルは鞘にかけた手はそのまま、冷静を保ってそう言った。スケアクロウから目を離し、先程までビアンカがへたり込んでいたはずの場所を見るがもう誰も居らず、血溜まりだけが残されている。あれだけの出血で尚機敏に動くと思えないが……。スケアクロウらもどうやらビアンカを狙っていたのに見失ったらしい。うろうろとその辺を歩き回っている様が知能の低さを表している。
ここが人通りの無い路地裏でよかった、とネロは心の中で言った。大通りだったら被害が大きくなっていた事だろう。血の痕を追うバージルについて、ネロは歩みを進めていく。血の間隔からしても、彼女は怪我人とは思えないスピードで移動しているようだった。
時折小さくない血溜まりがあるの休み休み逃げているからだろう。歩いて追跡していては追いつけないだろうとすら思えた。ネロは、バージルの歩みがどんどん早くなっている事に気づいた。
──スパーダの血だ!
ザワザワと声がする。声とも思念ともつかないようなそれはゾワゾワとした不快感を覚えさせ、四半魔は眉をひそめることでそれを顕にした。
「やっぱり奴らはオレを狙ってやがったのか」
「どうもそうらしいな」
予想はできていたことだ、半魔達もまた彼らの母を似たような理由で喪っているのだから。
「……アイツはオレのせいで死んだんだな」
