第5章 母の痕跡
「ああネロ、ちょうど良かった。貴方にお願いしたい事があるって人が」
帰宅早々にキリエがそう話しかけてきた時、バージルは不可解な予惑を抱いた。それが良い事なのか悪い事なのかすらわからないが、引力のような強い力を覚えたのだ。彼女が案内して連れてきた老人に見覚えはなかったが、その対話に同席したのは自然な事だったと言えるだろう。
「爺さん、オレにお願いしたい事って?」
老人の依頼は、悪魔の討伐だった。
つい昨日まで廃墟だった街外れの一角が一晩で在りし日の姿を取り戻した。しかもそれだけでなく、ここ二十年の間に死人だ者達が、まるで生きているかのようにそこに存在しているらしい。悪魔を目視したわけではないがそうとしか考えられない為調査すると共に必要なら悪魔も排除して欲しい、とのこと。一日丸ごと地相の穴を塞ぐのに費していた為疲れもあるだろうに、ネロは恋人の心配そうな顔を見るや否や、『キリエの心配事を減らしたいから今日中に片付けるぞ』等と言い出した。バージルから見れば彼女が心配しているのは悪魔の被害ではなくネロの調子の方だというのに。鈍いのか疲れでボケているのかはわからないが、がぜんやる気に満ちあふれているこの突き抜けぶりは父親というよりを叔父譲りのように思われた。そんなことを感じながらバージルは静かに、同行を申し出たのである。
向かった先は、真夜中にも関わらず真昼間だった。光源が無いのに明るく、喧騒にあふれている。フードを被った人々が行きかい、言葉を交わしていた。不思議なエリアは明確に境界を持ち、真昼間に生きる人々がそこに差しかかると消えてしまう。まるで次元の狭間に迷い込んだような心持ちになった。
「ここは覚えてる。フォルトゥナでも古い場所で貧民街みたいな扱いだった」
「ああ……知っている」
「え?」
偽神による被害が大きく、復興を諦めた場所でもあった。そこに住んでいた人々はほとんど死んでしまったし、数少ない生き残りも別の地域へと移っていったからだ。だがそんな場所をどうしてバージルが認識しているのか。ネロが聞き返すのに答えず、バージルはどんどん先に進んでいってまう。スタスタと遠ざかる背中を追っていれば一つの建物へと辿りつく。
看板にはにはこう書かれていた、—古書店スパーダ—
「ここが、アンタの言ってた……?」
「悪魔の気配も、ここからだ。……微弱だがな」
