第4章 孤児院にて
『食事の時くらい、そのしかめっ面止めたら? そのうちしわが取れなくなるよ』
突然脳裏に響いたセリフにバージルはふと持っていたカップを置いてしまう。
久しく忘れていた、そういえば同じようなことを指摘されたことがあったのだった。
ビアンカは、夜な夜なウィスキーを煽りながら、時折妙に気の抜けた笑みを浮かべて、まるで世話好きな年長者のようにバージルに語りかけてきた。
「バージル、アンタ、眉間の皺が常に寄ってるね」
「……」
「考え事をするのは悪いことじゃないけどさ、ずっとそんな顔してると、そのうち怒ってなくても怒ってるように見られるよ」
「余計なお世話だ」
静かに言い放つと、彼女は「はいはい」と片手を軽く振ってウィスキーを煽った。
その光景が、今目の前で繰り広げられているものと不思議と重なって見えた。
ネロの眉間の皺を気にして手を伸ばしたキリエと、それを指摘された途端に困ったように口を引き結ぶネロ。そして、いつかの自分に似たような視線を向けるネロの姿。
(……くだらん)
バージルは視線を落とし、再びカップを手に取った。紅茶の表面に、自分の表情がぼんやりと映っている。
この場にいるべきではない、そんな気がする。
ネロが選び、ネロが愛し、ネロが築こうとしている家族。バージルは、その輪の中に自分がいるべき理由を持っていなかった。
だが、キリエが静かに口を開く。
「バージルさん、ネロはあなたに似ていますか?」
「……どういう意味だ」
彼女は優しく微笑んだ。
「だって、親子なのでしょう? きっと、似ていると思う部分があるんじゃないかって」
バージルは紅茶を一口飲み、沈黙を保った。
似ている。
その言葉に、何とも言えない感覚が胸を満たしていく。ネロの存在を初めて知ったとき、バージルは認めることすら拒んでいた。だが、こうして言葉を交わし、同じ場を共有する中で、確かに血の繋がりを感じずにはいられなかった。
「……くだらん」
またそう呟いたが、今度は少しだけ、その声音に棘が抜けていた。