第1章 これまで
「ごめんねぇ、よろしくね。」
制服に着替えて控え室を出ると、パートのおばさんがにこやかに出迎えてくれた。
優しそうな顔はどことなく誰かに似てる。
社交辞令が苦手な私を嫌な顔一つせずに迎えてくれたのは、この人だけだったかもしれない。
アルバイト先は小さなビルの清掃員。
都心部から離れたここには怪人が現れにくいと思って決めた。
接客もないから、無表情を気味悪がられることもない。
ニコニコしながら清掃カートを押すおばさんは相変わらず話が長くて、ビルで働くサラリーマンへの挨拶で遮られても終わることはない。
そんな風にいつものように何となく過ごすはずだった。
違かったのは、突然の大きな破裂音とビル内に響く悲鳴。
逃げ惑う人を見て、把握したのは怪人の存在。
また来てしまったか、と思うと同時におばさんを逃がさなければという使命感。
目が合ったおばさんは怯えていた。
怯えるおばさんの手を引いて、階段へ向かう。
一足遅れた私達は悲鳴が響いている階段を必死に駆け下りた。
____ドカンッ!!
1階に差し掛かった時、2度目の破裂音が聞こえた。
それと同時に揺らぐ地面、
そして崩れる音。
「…!!」
気付いた時には暗闇に閉じ込められていた。
ビルが崩れたと分かるまでそう時間はかからなかった。
コンクリートとカビのような匂い。
「…ユズちゃん。」
おばさんの小さな声を聞いて、おばさんが無事であったことにホッとした。
「あそこから出ましょう。」
這い出られそうな隙間を見つけて、おばさんを誘導する。
とにかく何時もう一度崩れるか分からない場所から動かなくては。