第3章 それから
突然背後から聞こえた声に驚いたのと、サイタマというよく知った名前を耳にして勢い良く振り返る。
が、そこには誰もいない。
不思議に思っていると、チャキ…と音を立てて首筋に何か冷たいものが触れる。
すぐにそれが刃物であると察してゴクリと生唾を飲む。
「…知っていたら、どうするんですか。」
緊張しながら後ろにいる人物に返答すると、刃物が更に首にめり込む。
「あの男を誘き寄せるのに使う。」
先程より低くなった声でそう言う彼にサイタマさんは恨みを買うタイプだったかな、と疑念が生じる。
嫉みだったら有り得るかもしれないが、それなら面倒臭い人だなと言葉に困る。
何も思い付かずに無言で雨に打たれていると不意に首元の刃物が外された。
「…だが、今日は他にやるべき事があるからな。」
刃物が外れたタイミングで後ろに視線を持っていくと、黒い装束に身を包んだ細身の男が映る。
彼は首元に当てていたであろう刃物を自身の懐に収めていた。
「…あなたは?」
収めるのを見届けてからそう聞くと、鋭い目をこちらに向ける。
目が合うと不敵に笑って一言。
「サイタマを殺す男だ。」
それだけ言って姿を消した。
一体何だったんだと飛ばされた傘を拾いながら倒れている怪人を避けて再び歩き出す。
一応助けて貰ったのにお礼を言いそびれてしまったことだけは確かである。
最近のサイタマさんに対する世論は厳しい声ばかりだし、誹謗中傷もネットに蔓延しているらしい。
それに加えて殺害予告か…
実力は認められて欲しいが、苦しむのはあまり見たくないな。
言われもない怨恨や言いがかりに晒されている現状に同情し、また帰りにケーキでも買っていこうと何も出来ない自分なりに考えるのであった。