第1章 これまで
アパート自体は知っていたが住んでいる部屋が何処か分からず、一部屋ずつ探して回っていたというのを一所懸命に説明するので、とりあえず部屋に入ってもらった。
サイタマさんを部屋に招き入れたはいいものの、未だに気まずそうに目を泳がせているのを見て
「事故ですよ。」
と言うと、お前が言うか、それ。と突っ込んできた。
それに加えて何故か少し不機嫌そうにしている。
「危機感とかないのか?」
私は濡れた頭をタオルでワシワシ乾かしながら答える。
「ここに来るのは怪人かサイタマさんくらいですし。」
怪人は私が下着姿で居ようが居まいが何も無い。元人間でない限り。
元人間はわざわざこんな所まで来ることはないし、サイタマさんに至っては来ることを想定してなかったし、そもそもあまり警戒していない。
「いくら怪人に襲われやすいからと言っても、無頓着になるのは違うと思うぞ。」
軽い説教のような文言に何かを言い返すこともなく、ただ黙って頭を乾かしていた。
サイタマさんはしばらく頭を乾かす私を見ていたが、やがて思い出したように声を上げた。
「提案なんだけど、俺ん家住まねぇ?」
その言葉に思わず手が止まる。
サラッと物凄いことを言っている気が…
「あ、いや、正確には俺ん家の隣とか。」
手が止まった私を見て慌てて訂正した。
今の私の状況から考えれば願ってもない最高な提案だ。
サイタマさんは強いし、助けてもらうなら近い方がいいに決まってる。
自分から頼むならまだしも、サイタマさんから話を振ってくれているんだ。
断る理由がない。
どこにもないのに。
「…ごめんなさい。」
せっかくの提案を断わる私に、サイタマさんはただ一言分かったと言うだけだった。
帰り際、
「気が向いたらいつでも来いよ。」
と変わらず軽い口ぶりで言ってのけると手を挙げて帰って行った。
その背中を見えなくなるまで見届けると、これでいい、いいんだ。そう自分に言い聞かせていた。