第1章 これまで
そろそろ時間なので戻りますと続けたが、口から出た声が揺らぐ心とは逆にあまりにも無機質で、お礼を言う時さえ愛想良く出来ないのかと心底自分を嫌になった。
感情がないなどよく言う。
自分を守るためのただの言い訳じゃないか。
「戻るって…この状況で」
サイタマさんの動揺するようなセリフを背にして、足早に玄関へ向かう。
怪人に何度も襲撃を受ければサイタマさんの家が壊れてしまうし、迷惑をかけてしまうかもしれない。
なんて、そんな綺麗事じゃない。
嫌われるのが怖い。
厄介だと思ってため息を吐かれる。
その顔を見るのが、怖い。
逃げるように玄関を出ると、サイタマさんのアパートから早く離れる為に走った。
自宅までは実はそんなに離れてないのだが、それでも走った。
「ハァ…ハァ…」
乱れる息を整えながら、人気のない自宅アパートの階段をゆっくり上がる。
悲しいのか悔しいのか、泣きたいのか怒りたいのか、よく分からないのは自分の気持ちに向き合わなかった代償だ。
向き合っていたら、心が壊れてしまう気がして。
ボロボロになった部屋を通り過ぎて自分が住む部屋まで来ると、立て付けの悪い扉を開けて中に入る。
よく知った匂いは落ち着く。
すぐにベッドに駆け寄ると倒れるように飛び込む。
静寂は好きだ。
でも今日は嫌い。
頭の中を駆け巡る色々な言葉や感情が嵐のように吹き荒れる。
寝てしまおう。
眠って何も考えたくない。
全てを遮るように固く目を瞑った。