第1章 異世界転生
「それで、フィール嬢はいつもここで刺繍を?」
そんな風に聞かれたので、今日は友人たちが役員会で出払っているのだと説明した。
「そうだったのか。すまない、少し休ませて貰う。」
ベンチに横になると、顔に腕を乗せた。この後も、あの部屋には誰も訪れず静かな空間を過ごす事が出来た。
「ベクサー様、そろそろお時間です。」
「・・・えっ?あ・・・寝てしまっていたのか。どうやら、フィール嬢の傍は過ごしやすかった様だ。ありがとう。」
「私は何も。そろそろ戻りましょう?」
先に立ち上がったベクサー様は、私に手を差し伸べて来た。
「ありがとうございます。」
手を取ると、エスコートしてくれた。
「アレ・・・?」
「どうかした?」
「あ、いえ・・・見知った物と似ていると思って。」
「あぁ、この万年筆?祖母に貰ったんだ。私の瞳の色に合わせて選んだんだと言っていたよ。私も気に入っている。」
「そ、そうだったんですか。それは良かったですね。」
私は、あのご婦人のお孫さんが彼なのだとこの時に知った。でも、その事について何も言うことはなかった。
そんな日から一ヶ月後。
突如、ハメリアとあの公爵家の子息との婚約が発表された。家柄的には、公爵家と侯爵家で釣りあいは取れている。ハメリアは最後まで嫌がっていたけれど、肝心の幼馴染はハメリアを次の対象にしたらしい。
ハメリアがあの物語同様に、子息と上手くやっていけるか疑わしい。何せ、ハメリアは今でも子爵家の令息の事を思っているのだから。
相変わらず、幼馴染の作為ある虐めは酷くハメリアは孤立していった。そして、肝心の子爵家の子息はあろうことか幼馴染に傾倒していった。
ハメリアの思い人だと知っての所業だろう。思い人から虐められるなんて、遣り過ぎだと思うのだけど。それでも、ハメリアは私を公爵家に売ろうとしたんだ。
そして、この日も一人で旧校舎裏のベンチに来ていた。
(えっ?誰か・・・来た?)
そっと覗き込むと、部屋に現れたのは幼馴染とハメリアの思い人だった。二人は抱き合いキスをしている。そうか、この人も幼馴染に・・・。
そっと離れて旧校舎の角を曲がると、ベクサー様がいた。驚いて声を上げそうになったけれど、彼に口を塞がれた。
ジェスチャーでこの場から離れる様に指示されて、広場まで出て来た。