第29章 言い伝え
夜になって、俺は祖父宅に一泊することになった。本当は日帰りをするつもりだったが、久々に会ったんだからとあれやこれやとしている内に引き止められて泊まることになった。
夜には果樹園に行っていた祖父も帰ってきて、祖母が作った晩飯を食った。もちろん桃も添えて。
祖母はいつも桃の皮を剥いて食べやすいように切ってくれていた。俺はそれらを頬張りながら、思い切って聞いてみることにした。
「ばあちゃんのばあちゃんって、昔どっかで蛇に桃をやったことがある?」
突然の直球言葉に普通なら驚くだろうが、祖母は気にしないまま、おや、話していなかったかね、と言った。
「蛇は昔嫌な生き物の……化け物みたいな存在でね、見つけたら叩いたり無視したりすることが多かったんだよ。この辺りは特に、真っ黒い蛇が悪さをする話が多かったから」と祖母は続ける。「だけどあたしのおばあちゃんがね、そんな弱ってた蛇に桃をあげたって話は聞いたことがあるよ。蛇だって生きてるんだからって、あたしも子どもの頃はよく聞かされていたさ」
「真っ黒い蛇……?」
俺の心臓がどんどん早くなるのを感じた。
「別名カビ蛇。木材建築が多かった昔は、カビのせいで腐敗していったから、みんなの敵だったのさ。確か、ええっと……闇蛇って言ったかね」
「闇蛇……」
俺は、脳裏に真っ黒な蛇を思い浮かべた。鮮明に蘇ってくる記憶に、全てが繋がろうとしていた。
「だからあの火事で全部失ったあと、ばあちゃんたちの目の前に白蛇神社が現れたんだろうね。あの時の桃の恩返しを、真っ白な蛇になって返してくれたのさ。あたしゃそう思うよ」
俺は、なんとか頷いて声を絞った。
「俺も、そう思う……」