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あの日見た桃の思い出

第13章 火事


 けれども、ゆっくりしている時間はなかった。
 周りが騒がしくなり、あちこちで「火事だー」「敵襲だ!」と声が聞こえてくる。
 牢屋にいた蛇たちはみんな次々と逃げ出して行って、僕たちも逃げようと思ったけれど、一匹だけ、こっちをじっと見つめている黒い蛇がいた。さっき僕に嫌なことを言ってきたあの黒い蛇だ。
「共に行こう、闇蛇よ」
 赤い蛇が、黒い蛇にそう呼び掛ける。黒い蛇は赤い蛇を……いいや、僕を不審そうに見上げていた。
「そんな人間のガキを信じると言うのか、炎蛇よ」
 周りは騒がしいのに、闇蛇の言葉だけはゆっくり聞こえた。まるで闇蛇の周りだけ、時間がゆっくり流れているみたいだ。
「実際、彼らは私の鍵を開けました。私は信じますよ」
 赤い蛇……炎蛇(エンジャ)の声がキレイに聞こえる。
 それからしばらくして、もしくはほんの数秒間だけ闇蛇は黙り込んで、次には僕の肩にするする登ってきてこう言った。
「何をしている、早く行くぞ」
「うん」
 闇蛇は嫌な奴だったけど、僕は勇者だから許した。右肩に炎蛇、左肩に闇蛇を乗せて僕は走り出した。
 僕は裏口から外へと飛び出した。でもまだ後ろから声が聞こえるから、振り向かないまま走り続けた。確か僕は崖から落ちてきたのだから、と登れそうな坂を駆け上がって息が切れたところでようやく立ち止まった。騒がしい声は遠くから聞こえ、まだ建物の方がうっすらと赤かった。
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