第27章 ゼロの恋人
椛(彼と出会う前の私だったら…
『そんな、大げさだよ。』
とか答えていたかもしれないな…)
自身の目の前にある、回された彼の腕に、ふと目を向ける。
食器洗いをしていた余韻で、ワイシャツの袖口が、捲られたままの彼の腕。
パッと見は気づかないが、逞しくもしなやかな彼の褐色の肌に目を凝らすと、細かい傷や古傷の跡のような物がいくつも見えた。
彼にとっての当たり前の日常が、その他多くのいわゆる『普通の一般人』と大きくかけ離れていることは、彼と出会ってから同じ時間を過ごす中で、痛いほど感じてきた。
出会ってから共有した時間はそれほど長くはないが、こんな生活をもう7年も過ごしていると思うと、頭が下がる思いだ。
しかも彼女が見ている部分は『安室透』の一部分だけなわけで…
これにプラス公安の方と、更に組織の方もあるのかと思うと…
今こうして同じ空間で、共に過ごせている時間が、奇跡のように感じた。
目の前にある、彼の腕の古傷にそっと指を添わせる。
古傷に触れると、彼が今まで歩んで来た人生の勲章のように思えてきて、そんな傷跡さえも酷く愛おしい。
身体を反転させて、彼と向き合う。
出会った頃と変わらない、彼の美しいライトブルーの瞳を見つめると、彼女だけが映っていた。
そんな情景に特別感を感じると、酷く心が満たされて、高揚する心地がする。