第9章 別れの時
その定食は、3種のお刺身に小鉢にお漬物、お味噌汁が付いていた。
私は、このお刺身定食がいいと思いトオルに話したのだ。
「私、このお刺身定食がいいわ…」
「なら、俺もそれにする…」
女性店員にそれを注文した。
その時出されたお茶が熱くて冷えた身体に染み込むように暖かく感じた。
お茶を飲みながら私たちはお喋りをした。
「今日で、トオルと会うのも最後になるのね…」
「そうだね、俺、後2か月で結婚するからさ…」
「淋しくなるわ…」
「そんなこと言わないでくれよ…俺だって淋しいよ…」
そんな会話をしたように思う。
暫くすると、お刺身定食が運ばれてくる。
今回のお刺身定食には「生しらす」は入っていなかった。
鎌倉に一緒に行った時の事を、この時思い出していた。
私は、生しらすが食べられなくてトオルに渡したのだった。
それを思い出すと、とても懐かしく感じてしまう。
「今日のお刺身定食には生しらすはないね?」
「そうね…」
そう言うと二人で笑ったのだ。
私たちは愉しくランチを食べ、お喋りをした。
最後の時間は穏やかに流れてゆく。
もう、この青年とは二度と会う事はないだろう。