第5章 忘れ物
「一松くん、さっきはありがとう!体操着は、洗って返すね!」
「あ、待って春奈ちゃん」
「…?」
先程は時間がなくて、ちゃんと一松くんにお礼を伝えられていなかったような気がしたので、私は体育の授業が終わったあと、改めて感謝を伝えることにした。
脱いだ一松くんの体操着を片手に、廊下で偶然すれ違った一松くんにお礼をする。
話はそれだけで終わるはずだったのだが、一松くんは歯切れが悪そうに「洗わなくていいよ」と言っていた。
「え…なんで…」
「というか、出来れば今返して欲しいんだけど…」
「い、今…!?」
「うん、こっちのクラス、5限が体育だからさ。返してもらわないと俺、授業に出れなくなっちゃうんだよね」
「え…え…!?!一松くんのクラスも、今日体育あるの…!?」
なにそれ、初耳なんだけど!!
最初からそれを知っていたら、絶対に借りに来なかったのに…。
一松くんは私が遠慮すると思って、敢えて言ってなかったのかな、さっきは。
普通に洗って返すものだと思ってたから、これ着ていっぱい動いちゃったよ。
どうしよう…。
「ご、ごめん!そうとは知らず、一松くんに借りちゃって…」
「いやいいよ、謝らなくて。貸したのは俺だし、俺は春奈ちゃんが使った服でも気にしないよ」
一松くんが気にしなくても、私が気にするんですが…。
臭かったらどうしよう。
私が試しに嗅いだところで、自分の匂いは自分じゃ分からないからなぁ…。
多分、松野家の匂いしかしないだろうし。
こ、困ったな…。
これでめっちゃ臭かったら、普通に嫌われちゃうよ。
一松くんは大切なお友達なのに!
でも本人に「返して欲しい」と言われてしまった以上、手元にある彼の体操着は渡さざるを得なかった。
あぁ、私が洗う予定だった体操着が、一松くんの手元に…!!
「サンキュ!…てか俺の体操着、臭くなかった?洗ってあるけど、俺の匂いとか…さ」
「え!?全然そんなことは…むしろいい匂いで…」